昨秋、奈良県橿原市の藤原宮跡(694〜710年)で出土した地鎮具に納められていた最古の貨幣「富本銭(ふほんせん)」9枚の字体や成分が、7世紀後半に鋳造工房があった飛鳥池遺跡(同県明日香村)で出土したものと異なる新種とわかった。
富本銭は日本最古の鋳造貨幣とされ、飛鳥池にあった官営工房で大量生産されたと考えられていたが、別の工房でも鋳造したとみられる。
17日発表した奈良文化財研究所によると、708年に和同開珎(わどうかいちん)が発行されるまでに、富本銭の鋳造時期が少なくとも2回あったことになり、わが国の貨幣の始まりに再検討を迫る。
富本銭は飛鳥池遺跡で560枚以上が見つかったほか、九遺跡で出土し、すべて同じタイプだった。今回の富本銭は九枚あり、「富」の字のかんむりが「ワ」でその下の「一」を省略するなど、字体が異なっていた。
今回の富本銭は、4月18日まで同研究所藤原宮跡資料室で展示するとのこと。
富本銭(ふほんせん) / 富夲銭(ふとうせん)は、683年頃に倭国(日本)でつくられた銭貨である。708年に発行された和同開珎より年代は古く、日本で最初の貨幣とされる。この貨幣が実際に流通したのか、たんなる厭勝銭(まじない用に使われる銭)として使われたに留まったかについては学説が分かれている。しかし近年になって1969年(昭和44年)に平城京跡から発掘され、1991年(平成3年)にはさらに古い藤原京跡から発掘された。これにより、今まで最も古い貨幣とされてきた708年発行の和同開珎よりも古い可能性がでてきた。 [ウィキペディア引用]


